COLUMN
カンボジアに、
野菜の独立宣言を。
野菜の栽培が難しいとされるカンボジア。ここでさまざまな野菜を安定的に栽培し、供給できる環境を構築することはできないか。世界でも類を見ない挑戦にタキイ種苗は挑んだ。挑戦の理由、そして挑戦においてタキイ種苗を待っていたものとは。
野菜の鬼門、カンボジア。
世界各国の種苗会社には、共通した暗黙のしきたりのようなものがある。それは、「カンボジアは諦めろ」だ。乾期の、命の危険を感じるほどの猛暑。雨季の、大洪水を起こすほどの降水量を記録する豪雨…。地球上でも有数の過酷な気候が、野菜の栽培を妨げているのだ。カンボジア国内で流通する野菜は、タイやベトナムから輸入されたものが大半であり、トマトに至っては、首都プノンペンで消費される90%がベトナムからの輸入品。しかしこれらは残留農薬が多く、「安心・安全な野菜が欲しい」という国民の声は日に日に大きくなっていった。
この問題を解決するには、カンボジア国内で栽培技術を蓄積し、環境を構築するしかない。そこで、タキイ種苗は立ち上がった。「カンボジアを、野菜の独立国にする」ために。世界で誰一人と成功したことのない挑戦の始まりである。
国の後押しと、裏ミッション。
当時、約180ヶ国にタネを届けていたタキイにとっても、カンボジアは未開の地。ただ切り込むだけでは、敗走が目に見えている。どうやってビジネスチャンスを広げるべきか…。暗中模索の末、袋小路へ入りかけていたときに偶然、国際協力機構・JICAの存在を知ったのである。JICAは、開発途上国への国際協力を目的に、政府開発援助を一元的に行う機関。2018年度に“中小企業海外展開支援事業”を募集しており、当時のプロジェクトメンバーは、この募集を見て「これだ!」とすぐに提案書を作成した。
提案内容は、タキイ種苗が開発した高品質種子と接ぎ木育苗技術を活かして、カンボジア国内で野菜を栽培し、安定的に供給できる環境をつくる、というものだ。カンボジアの国民が求める安全・安心な野菜を提供するために、栄養が豊富で強い種子を使った栽培を進める。そのために、高温多湿な気候で種子からの栽培に適していない地域は、病気に強い根を持つ接ぎ木を活用して下地をつくる。これまでの実績や技術を活かしたこの提案はJICAに認められ、2019年、プロジェクトが動き出した。メンバーたちは、2020年までの約1年間、さまざまなサポートを受けながら、ビジネスの可能性を模索し続けた。そのなかで、王立カンボジア農業大学(Royal University of Agriculture)と連携して接ぎ木などの栽培環境を研究するなど、現地でのネットワークも少しずつ広げていった。そして、このネットワークの拡大こそ、タキイ種苗が定めた“裏ミッション”だったのである。
4,200kmを結んだ、赤い糸。
カンボジアでのプロジェクトを軌道に乗せるため、現地で一蓮托生のパートナーを探すこと。これが、JICAの協力を得られている間に、どうしてもタキイ種苗が実現しておきたかったことである。
野菜を安定供給できる栽培環境づくりには、長い年月を要する。そのため、国内で自分たちの代わりとなってプロジェクトを推進してくれる仲間の存在は必要不可欠だ。しかし、ここは見ず知らずのカンボジア。人脈は1から築き上げなければならない。そこで、さまざまな団体が主催する勉強会、交流会に片っ端から顔を出した。とりわけ功を奏したのが、カンボジア日本人材開発センター・CJCCが開催した農業にまつわる勉強会への参加である。会場には、日本やカンボジアの企業が多数参加しており、タキイ種苗のメンバーも、会う人会う人とひたすら名刺を交換した。そして、この勉強会で、カンボジアの現状に危機感を抱き、自国内で野菜を栽培し、安定的に供給できる環境を構築したいという思いを持つ数社の農業関連会社に出会うことができ、暗中模索だった状況に一つの光が差し込んだ。CJCC主催の勉強会は、タキイ種苗にとって、約4,200km離れた日本とカンボジアを結んだ、奇跡の出会いの場となったのである。
習慣や文化も覆し、
カンボジアの食を変える。
CJCC主催の勉強会での数社の農業関係会社との出会いを皮切りに、他にもタキイ種苗の想いに賛同してくれる数多くのパートナーと出会うことができた。なかでも、カンボジア国内で指折りの規模を誇る大型ショッピングモール“Lucky Mall”を数店舗運営する会社の経営陣とつながりを持てたのは、国内に広大な販売ネットワークを確保する意味でも、大きな収穫となった。プロジェクトに参加したメンバーも「数年以内に、カンボジア国内に、さまざまな野菜を栽培できる技術を確立できるかもしれない」と明るい展望が見えてきたという。
現在は、キャベツと玉ねぎのテスト栽培に挑戦しているところだ。ただ、ミッションを達成するまでには、多くの困難を乗り越える必要がある。このプロジェクトに長く携わってきたメンバーの一人は「カンボジアの農業は、各国からの支援金に頼りながら運営しているのが現状です。生産者も支援金頼りの生活を送っており、自立して何かを進める気概を持ちにくい状況にあります。カンボジアの農業を変えるためには、生産者の皆さんの考えやスタンスを根本から変える必要があるのです。文化や習慣を変えるのは、簡単なことではありません。ただ、間違いなく言えるのは、この挑戦はカンボジアの方々にとって大きな希望となるはずだということです」と話す。プロジェクトメンバーは、1日でも早く栽培環境を構築できるよう、現在も奮闘している。彼らは絶対に諦めない。カンボジアに“野菜の独立宣言”をする日が来るまでは。