vol.26

COLUMN

未来のタネは
何に耐えなければならないか。

地球全体の気温上昇をはじめ、環境への懸念が日に日に大きくなっている私たちの社会。近年は、温室効果ガスの排出ゼロを目指すカーボンニュートラルなど、環境保護に向けたさまざまな取り組みが世界中で行われている。環境だけでなく、経営の概念、農業という産業自体も目まぐるしい変化が起きている今。タネは、どんな環境下に置かれているのか。また、何に耐え、進化する必要があるのか。

TOPIC 01

タネ

ICT

徳島県にある“Tファームいしい”。タキイ種苗が株主となり、次世代型農業の在り方を追求しているこの会社では、1ヘクタールのハウスでトマトを栽培している。ICTを積極的に活用しており、ハウスに取り込む太陽光の量、与える水、最適な温度や湿度などもすべて数値に落とし込み、コンピュータで制御しているのだ。たとえば換気ひとつを取っても、コンピュータがさまざまな環境情報を検知して自動的に8:00から10:00まで目標の温度になるように窓の開度を制御する、というように。最近では、日射量に応じた収量の予測から売上の算出までできるようにもなってきた。トマト自体の成長やおいしさを左右する光合成を促進することで、従来の1.5倍~2倍の収量を得られるように。これも、ICTを導入してベストな栽培環境を数値化できるようになったことの恩恵だ。

ただ、世界に目を向けると、よりハイレベルなタネ×ICTの農業を行っている国が多い。たとえばオランダ。トマトの平均相場が日本の1/3になり、たくさん収穫することが命題であるこの国では、1990年代から、すでに、農業にICTを導入し始めていた。近年では農業において“AI×人間”の栽培・収穫の比較が行われ、AIに軍配が上がった、という話もある。そんななか、日本と明らかに違うのは、エネルギーの再利用や廃棄物の削減といった、環境問題への配慮が進んでいることだ。ここでもICTの技術は随所で導入されており“未来の農業はかくあるべき”と、各国の手本となっている。

さまざまな環境問題が解決されるまで、タネも、過酷な環境変化に耐える必要がある。そのカギを握るのは、ICTによるさまざまなコントロールを通じた“よりやさしい農業への進化”であることは間違いない。

TOPIC 02

タネ

SDGs

近年、持続可能な社会づくりに向けて重要視されているのがSDGsだ。農業の分野でも、世界中でSDGsとのかかわりを大切にする考えや動きが出始めている。前述したオランダの取り組みもその一環として位置付けることができるが、「ただオランダをマネするのでは、日本の農業に弊害が出ます。SDGsを日本流に解釈しなければいけない。そのうえで、未来の農業を考え、追求する必要があります」と、Tファームいしいの代表・小岩井は話す。

たとえば気候。オランダと日本では温度や湿度が異なる。温度変化は日本のほうが極端で、夏は暑く、冬は寒い。一概に温室効果ガスの排出を削減すればいいものではなく、それによって収穫量の減少など、さまざまな懸念事項が生まれるのが実情だ。収穫量が下がれば、生産者の経営は苦しくなる。産業自体の発展も阻害されてしまう。環境保護×収穫量×生産者の経営×産業の未来…さまざまな掛け算をして、はじめて日本の農業が目指すべき未来が見つかるものだと、小岩井は考えている。「優先順位を付けるとしたら、まずは、生産者の経営が潤うことが第一。ひとつの野菜をつくり、出荷するにも、皆さんは非常にセンシティブな作業を数々行っている。割れや日焼けなど、小さなひとつのことが品質不良と認識される今、それらの問題をタネで解決していきたいです」と彼は話す。

そんな小岩井の情熱は、今、食品メーカーに届きつつある。たとえば、皆さんも一度は食べたことがある、あのハンバーガーチェーン。「お客さまに出せるクオリティを持つトマトの収穫量が少なくて困っている」という相談が舞い込み、Tファームいしいのトマトを提案。担当者は「このトマトなら、胸を張ってお客さまに出せます」と太鼓判を押された。ただ、小岩井は満足していない。ICTで得られるデータを活用して、よりおいしく、環境にやさしく、生産者の経営に貢献できるトマトをつくるまでは。

小岩井 和起 / Kazuki Koiwai

  • Tファームいしい(株)出向
  • 農学研究科 農学専攻/2015年入社