クロストーク

CROSS TALK 01

ブリーダーが手がける育種は、「10年ひと品種」と言われるほど時間を要する仕事です。その育種のスピードアップや効率化を図るための技術開発が、私たち基礎研究グループの使命。具体的には「病気に強い」「味がよい」といった有用な遺伝子をマッピングしてDNAマーカーを作成、育種選抜に活用しています。

青池さんと本格的に連携しはじめたのは、私がフランスに赴任した2007年あたりから。当時、スペインのトマト産地でTYLCV(トマト黄化葉巻病ウィルス)という病気が大流行していて、耐病性品種の開発が緊急の課題でした。それまでは、植物に病原菌のウィルスを虫媒感染人為的に感染させて、発病しないものを選抜するという手法だったのですが、これでは時間も場所も人手もかかりすぎる。そこで、「何か新しい解決策はない?」と相談したのが最初です。

相談を受けてすぐ、世界中の研究機関からTYLCVに関する情報を集めました。ちょうどその頃、国際協調のもとトマトの全ゲノム情報が公開されたことも追い風となり、DNAマーカーを使って高木さんの求める形態と耐病性を兼ね備えたトマトを選抜することができました。今思えば、それがタキイのゲノム育種のはじまりでもありましたね。

耐病性素材を早く導入してほしいといった要望や、マーカーで選抜したけれど圃場で理屈に合わない現象が起きたのはなぜ?といった疑問に対して、青池さんはタイムスケジュールを必ず明示し、結果を出してくれる。ブリーダーとして本当に信頼して仕事をすることができます。

さきほどのTYLCV耐病性の仕事は、2011年に髙木さんによって品種化されカタチとなりました。そうやって確実にゴールを決めてくださるブリーダーの存在が励みになっています。育種はスパンが長く、その過程で方向性を判断しなくてはいけない場面が出てきます。自分の提供したデータは判断材料として本当に信頼足り得るものなのか、常に自問自答しています。TYLCV耐病性品種のその後は、どんな感じですか?

おかげさまで、しっかりとした耐病性を発揮してくれています。ヨーロッパでタキイは野菜であればキャベツやタマネギのメーカーという印象が強いため、タキイはトマトもやっているぞ!というアピールも込めて、TAKIIの TAKを入れて、なおかつ「日本の技術」を表現して「TAKUMI」という品種名をつけました。現在は改良版品種の「MOTTO」が少しずつ産地に入りつつあります。

もしかして、お名前のモトユキから…?いい名前ですね! 髙木さんが帰国されて、それまで写真でしか見たことのなかった「TAKUMI」を研究農場ではじめて目にしたのですが、遠目からでも凛とした立ち姿で、ひと目見ていい品種だと分かりました。

スペインはヨーロッパの食糧基地なので、北欧やロシアにまで輸出されます。生産地から消費地まで距離があり流通にも時間を要するため、「日持ち性」が第一の育種目標になります。北欧やロシアへの輸出なら、恐らく収穫してから消費者の元に届くまで3週間くらいかかるはずです。「TAKUMI」や「MOTTO」は、日持ち性でスペイン市場から高く評価されています。

じつは、出口の見えないまま3年ほど取り組んでいる難題があって。詳しいことはまだ言えないのですが、温暖化が進んだことで流行し始めている、新しい病気へのアプローチです。検定を行なっていたある日、予測に反する系統が出現。ゲノム情報と照合していくうちに、3年間分の不可解な現象がスルスルと結びつき、ゴールを予感させるひとつの仮説が浮かび上がりました。メンバー3人で「このことに気づいたのは、世界で私たちが最初かも!」と大興奮。この仕事の醍醐味を改めて感じた瞬間であり、ゲノム情報が育種の効率化だけなく課題解決に役立つ可能性を感じるとともに、ゲノム育種のステージがひとつ上がったという手応えをつかみました。ブリーダーとして圃場でプログラムに関わっていた髙木さんにもこの興奮をいち早く伝えたくてフランスに電話をしたら、あちらは朝の4時で…

何時だと思ってんの…!と怒りました(笑)。育種に関しては、農家にとってメリットのある品種=消費者に認められる品種を世に送り出すことが醍醐味だと思います。そして何より、野菜は人が健康に生きていくために必要不可欠なもの。食卓を豊かにするばかりでなく、人類の繁栄や平和にもつながるこの仕事に大きな使命と責任を感じます。また、より個人目線の「ブリーダー」として語ると、バイオメジャーといわれる世界の大企業と同じ土俵で競争できることが最大の魅力。圧倒的な資金力・組織力をもつ彼らに対していかに勝負をするか。ことトマトに関しては各社が力を入れているだけに、成功すればブリーダーとして大変名誉なことですし、ハードルが高い分、やりがいも大きいですね。

少し前までは、まず形質ありきで、それに関わる遺伝子は何?という流れでしたが、現在は、遺伝子から形質を推測し、実際の圃場でどう作用するのかを確認するという流れになりつつあります。育種を進めるなかで、私は基礎研究グループを会社のブレーンだと捉えています。

ブリーダーが栽培する植物は芸術品のように美しいです。私にとってブリーダーは職人のイメージ。研究グループの腕の見せ所は、仮説を立てデータを出し各論に落とし込んで検証していく部分なのですが、それは植物のディティールにしかすぎません。たとえば洋服を買う時、生地にだけにこだわるのではなく、デザインや着心地など洋服全体を総合的に判断しますよね。それと同じように、ひとつの植物、ひとつの品種に「まとめあげること」ではじめて農家や消費者へ価値を提供することができます。それを成し遂げられるのは、入社後何年もかけて栽培技術を習得し経験を積んだブリーダーにほかなりません。

1つ例として挙げるなら、トマトに関しては収量性の向上でしょうか。現在10アールあたりの収穫高は約10 トンですが、国からは具体的な数値として10アールあたりの収穫量50 トンという目標が示されています。既存の品種でその目標達成はまず不可能なため、全く異なる形質を備えた新品種を開発する必要があります。タキイとしては、「桃太郎」が持つおいしさを維持しつつ、収量アップを図るというアプローチが必要になると思います。

それと、集中豪雨が増える中、露地栽培する葉根菜類では収穫前に雨に打たれても負けない品種、根が腐らない品種をのぞむ声が多く、ぜひ応えていきたいですね。

そうした農家の方々の声はもちろん、子育てをする主婦としての青池さんの声も貴重です。かつて青池さんはブリーダーである私を「社内の顧客」と言ったことがありましたが、私にとって青池さんはもっとも身近な「消費者」。

調理しやすいと助かるとか、捨てる部分が少ないとうれしいとか、赤ちゃんが消化しやすいようタネのないトマトができれば、離乳食だけでなく介護食としてもニーズがあるんじゃないか、とか。

そうした日常の視点が、育種にはとても大切ですね。われわれ技術職はとかく自分の世界にこもりがちですから。

そうですね。私も仕事は合理性や効率性を大切にしますが、休日は各地で育てられている在来種を訪ねる活動など、思いっきりスローライフを楽しもうと心がけています。また、品種の「売り方」にも積極的に関わり、そこで出会ったいろんな立場や世代の方々の意見を研究開発にフィードバックしてきたいと考えています。

育種

髙木 基行
研究農場 野菜第1グループ
1998年入社
農学研究科 園芸学専攻修了

北海道の大地にで育ち、農家を営む祖父の影響もあって農学部に進学。入社後は一貫してトマトを担当し、2007年より7年間フランスに赴任。スペインやトルコなど地中海地域向けトマトの品種開発に携わる。帰国後は国内をはじめ、ブラジルや中国の市場を視野に入れた品種開発に取り組む。「少しでも自分の品種に不安があれば、たとえ営業的に不利なことでも隠し事はしない。長期的に見れば成功も失敗も共有することで信頼関係が生まれます。」

研究

青池 仁美
研究農場 基礎研究グループ
2000年入社
理工学部 応用生物科学科卒

大学ではヒトの免疫学を専攻。「厳密な意味での免疫システムを持たず、自ら動くことのできない植物はどのように身を守るんだろう?」と植物に興味を持つ。現在はゲノム解析担当として、ブリーダーが目指す品種開発をスピードと効率性の面からサポート。2度の出産を経て、復帰後も第一線で活躍中。「働くママ社員として、後に続く女性たちの力になりたい。」